【謝辞および掲載に関して】

 ここに掲載した山口克己氏の「最後のアナログLP盤 『カインド ・ オブ ・ ブルー』」は、私がエルプ・ファンクラブの会長をしていた時にファンクラブ会報の創刊号の目玉として、山口氏にお願いしてエルプ・ファンクラブの為に書き下ろして頂いたもので、世間には公表されていないものです。
 内容はタイトルの通りマイルス・ディヴィスの『カインド ・ オブ ・ ブルー』の話ですが、山口氏の鋭い感性に読んでいて心地よいです。マイルス・ディヴィスのファンの方は勿論、ジャズファンやアナログレコードファンの方にも是非、読んで頂きたいものです。
 やはり、『カインド ・ オブ ・ ブルー』には、 アナログレコードのクロ盤が良く似合う!!と言ったところでしょうか。
 あらためて、山口克己氏にお礼を言いたい。「ありがとうございました」。
 なお、掲載については長い間、躊躇して参りましたが、エルプ・ファンクラブが現存していないこと。また、山口氏の貴重な財産である「最後のアナログLP盤 『カインド ・ オブ ・ ブルー』」がファンクラブの会報で埋もれてしまうことに危惧して、敢えてここに掲載させて頂きました。山口氏には久しく お会いしていませんが、元気でおられることを心より願っています。また、いつの日か山口氏のジャズやアナログレコードについて、熱く語って頂けることを心より願っています。

出典:エルプ・ファンクラブ 会報




最後のアナログLP盤
『カインド ・ オブ ・ ブルー』
山口 克巳

カインド・オブ・ブルー
カインド・オブ・ブルー(米コロンビア CL-1355)

 80年代後半のある日、マイルス・ディヴィスの「ソー・ホワット」が不意に思い浮かび、耳から離れなくなった。それも、『カインド・オブ・ブルー』の「ソー・ホワット」だ。
 このアルバムは、かなり前に人にあげてしまって、手許にはない。「そうか、しばらく聴いていないんだ」と思い、その足で中古レコード店に行き、手に入れることにした。どの店でもマイルスのコーナーに行けばきっと置いてあるにちがいない超有名盤だから、必ず手に入るはずだ。 超有名盤というと、ジャズのジャンルを超えてポピュラーなものになると、ちょっとカウンターにそのレコードを持っていくのをためらうこともある。
 マル・ウォルドロンの『レフト・アローン』、リー・モーガンの『サイドワインダー』、ジミー・スミスの『ザ・キャット』、チック・コリアの『リターン・トゥ・フォーエヴァー』などなど。
 ジャズでも、『サンジェルマンのジャズ・メッセンジャーズ』(これは日本国内に限ったものだろうが…)、ロリンズの『サキソフォン・コロサス』、MJQの『フォンテッサ』、デイブ・ブルーベック・クァルテットの『タイム・アウト』、ソニー・クラークの『クール・ストラッティン』、ウイントン・ケリーの『ケリー・ブルー』、ウェイン・ショーターの『ウェザー・リポート』、 ビル・エヴァンスの『ワルツ・フォー・デビー』や『モントルー・ライヴ』などなど。それでもこれらの演奏は、覚えやすいせいか、つい口ずさむことも多くなるようだ。

出典:エルプ・ファンクラブ 会報




 店に入って、マイルスのコーナーに向かう前に、ちょっと横を見たら「最後のアナログLP盤」というセレクターのついた新譜コーナーがあり、そこには米コロンビア盤のセロニアス・モンクやマイルスもあり、そこに『カインド・オブ・ブルー』もあった。手にとって見ると、なんだかジャケット全体がくすんで墨っぽい。裏返すと、マイルスの写真はべっとりした感じで、 ビル・エヴァンスが綴ったライナーノートも文字にむらがある。それでも「最後のアナログLP」に惹かれ、それを手に入れた。
 最初にこれを聴いたのは、60年代初頭に日本コロムビアから、邦題が『トランペット・ブルー』で発売された盤だった。私がジャズを聞きはじめた1959年頃には、マイルスは 『バグス・グルーブ』、『モダンジャズ・ジャイアンツ』、『コレクターズ・アイテム』などをはじめ、プレスティッジ・レーベルの最大のスターで、新譜が出るたびにいつも話題になっていた。
 また、ブルーノート盤の『サムシン・エルス』で、マイルスが吹く「枯葉」は、ジャズ・メッセンジャーズの『モーニン』と人気を競っていた。その割には、旧録音の同じプレスティッジ盤の『ディグ』や、サヴォイ盤の『チャーリー・パーカー』。ブルーノートの10インチ盤、ましてキャピトル盤の『クールの誕生』などはあまり話題にならなかったようだ。もっともこれらのアルバムは、 あまり国内に入っていなかったから、ジャズ喫茶などでも耳にする機会が少なかったせいもある。新譜が出るたびに驚いて、それらを追いかけるのがやっとで、旧盤まで手が回らなかったというところだ。
 当時のマイルス・ディヴィス・オリジナル・クインテットは、マイルスのトランペット、ジョン・コルトレーンのテナー・サックス、レッド・ガーランドのピアノ、ポール・チェンバースのベース、フィリー・ジョー・ジョーンズのドラムスというメンバーで、次々に新録音盤を発表していて、いずれもこれまでのジャズにない新鮮さで話題をさらっていた。

出典:エルプ・ファンクラブ 会報




ラウンド・ミッドナイト
ラウンド・ミッドナイト(米コロンビア CL-949)

クッキン
クッキン (プレスティッジ PRLP-7094)

マイルス
マイルス (プレスティッジ PRLP-7014)

 59年当時で、このクインテットのアルバムは『ラウンド・ミッドナイト』(米コロンビア CL-949)、『マイルス』(プレスティッジ PRLP-7014)、『クッキン』(プレスティッジ PRLP-7094)の3枚で、特に『クッキン』のミュート・トランペットで表現されるリリシズムはこれまでのジャズになかった地平を拓いたものとして有名になった。

出典:エルプ・ファンクラブ 会報




リラクシンリラクシン (プレスティッジ PRPL-7192)

 そして、『リラクシン』(プレスティッジ PRLP-7129)が発売された。はじめて聞いた時、ピアノの音が始まったと思ったら突然消え、マイルスが皺枯れた声でなんか言い、そしてあらためてブロックコードのピアノのイントロから演奏が始まるというレコードの構成にびっくりしてしまった。
 最後は、演奏が終ると、プロデューサーの「OK?」というせりふが入り、誰かが「もう一回やろうよ」それに応えるマイルスの「WHY(どうして?)」。続いてコルトレーンの「栓抜き、どこ?」。ちなみに当時、プルトップの缶ビールはなかった。
 このオリジナル・クインテットの盤は意外に少なく、オムニバス盤をのぞくと、正式録音盤は、その後発売された 『ワーキン』(プレスティッジ PRLP-7166)、『スティーミン』(プレスティッジ PRLP-7200)の6枚だけである。
 また、プレスティッジからコロンビアに移籍してから、『カインド・オブ・ブルー』までに発売されたのは、ギル・エヴァンスのアレンジで、ビッグバンドをバックにマイルスがソロをとる、なんともジャズっぽくない、麦藁帽子をかぶった女性と子どもがヨットに乗っている写真をジャケットにした『マイルス・アヘッド』(CL-1041)、演奏曲の「マイ・シップ」をイメージしたものか。
 オリジナル・クインテットにキャノンボール・アダレイのアルト・サックスを加えたセクステットで『マイルストーンズ』(CL-1193)、ピアノがビル・エヴァンス、ドラムスがジミー・コブになった新セクステットで、「グリーン・ドルフィン・ストリート」の入った『ジャズ・トラックス』(CL-1268)、そして、ふたたびギル・エヴァンスと組んで、冒頭の「バザード・ソング」のすごい音で度肝を抜かれた 『ポギーとベス』(CL-1274)。どのレコードも話題になったものばかりだ。

出典:エルプ・ファンクラブ 会報




ワーキン
ワーキン (プレスティッジ PRLP-7166)

スティーミン
スティーミン (プレスティッジ PRLP-7200)

マイルス・アヘッド
マイルス・アヘッド (CL-1041)

ポギーとベス
ポギーとベス (CL-1274)

出典:エルプ・ファンクラブ 会報




 『カインド・オブ・ブルー』は、これまでのマイルスのアルバムとはかなり違って聞こえた。これまでのマイルスの創り出す空間には、叙情的な馨りがあったが、ここには、においのうすい、もっと透明な広い空間が感じられた。レコードという特性を生かした、コンサートやライヴではできない、これまでにない、静かなアルバムをつくりたかったのではないか。
 最初の「ソー・ホワット」から聴いていこう。いかにも複製というジャケットの具合とは関係なく、旧メタル・マスターから作られたスタンパーでプレスされた盤のようだ。左奥のピアノと、センター奥でポール・チェンバースがひくベースのイントロで曲がはじまり、ベースの調子が変わったところから、ベースとフロントの応答形式でテーマが演奏される。最初にソロをとるセンターのマイルス。1音出たところで、右奥からジミーのシンバルが 「バッシャーン!」。マイルスはマイクと少し距離をおいて演奏しているようだ。ためらいのない、イメージのはっきりした演奏だ。ついでコルトレーンが左でソロをとる。リズムと表現のやりかたがマイルスとはあきらかに違うが、静かで、ふところの深いソロ。 きちんと吹き終えると、右からキャノンボールが少しブルーなソロでパンチを利かせる。マイルスとコルトレーンのリフをはさんで、エヴァンスが短いソロをとるが、ここは焦点がまだ定まっていないふうだ。応答をくり返すテーマに戻り、フェードアウトで終る。聴き終えて、なにか、なめらかな気分でいっぱいになる。
 次いで、「フレディー・フリーダー」が始まる。突然、違うセッションになったのかと思うほどスタジオの空気が変わる。この曲だけ、ウイントン・ケリー (録音当時のマイルスのセクステットのピアニストで、ほかの曲で演奏しているビル・エヴァンスはすでに辞めていたが、このレコーディングのために召集されたもの) になったからというような違いではない。全体に音が荒っぽい。エコーのつきかたもいいかげんで、コルトレーンのテナーはマイク・コントロールのせいかアルトのように聞こえる。だから、演奏には触れない。ディスコグラフィーによると、1959年3月2日、ニューヨークの30丁目スタジオで収録されたこのセッション最初の曲で、セカンド・テークだという。
 A面の最後は「ブルー・イン・グリーン」だ。マイルスのミュート・トランペットがやはりオフで、やわらかい、しなやかな音で聞こえる。レコードの内周のせいか、針の摩滅のせいか、高域のトレーシング・ノイズが2ヵ所ほどで出るが、レーザー・ターンテーブルなら問題がないのかもしれない。マイルスの高域は、逆相成分が多く、カッティングが難しいといわれている。また、この曲ではキャノンボールが抜けている。
 このレコードの圧巻はB面で、録音は同じスタジオで4月6日に行われた。録音は「フラメンコ・スケッチズ」で始まる。今回のセッションはなぜかアルトとテナーのポジションが左右入れ替わっている。コルトレーンのサックスの音色が、これほどおだやかで美しく収録された盤もあまりないのではないか。ひたすら美しく、途中で指がくたびれたのか、早いパッセージでスケールを吹くが、まったく苦にならない。マイルスは静かに、パラレルワールドへ誘う。そして、そこに私たちを置いたまま、硬質な夢の中に残したまま曲を終える。
 次に録音された「オール・ブルース」は、ピアノのイントロに続いて、ミュートのマイルスとオブリガートをつけるフロントでテーマが演奏され、ソロになるとマイルスはオープンで吹く。中身が濃く、スケールの大きい各ソロのバックで、ピアノはいろいろなことをやって楽しんでいる。ビル・エヴァンスもやっと乗ってきた感じだ。テーマに戻るとマイルスは、またミュートになる。このアンサンブルは何度も演奏され、名残惜しそうにフェードアウトされる。
 ところで、ジャケットのライナーノーツはビル・エヴァンスが日本の水墨画を例に出しながら、このアルバムについて書いているが、あちこちで紹介されているので省くが、このアルバムのB面の曲順とジャケットの曲順の記載が違っている。盤は「オール・ブルース」、「フラメンコ・スケッチズ」の順なのに、ジャケットは逆になっている。ライナーノーツの曲の解説もジャケットの順番だ。ということは、単純ミスとは思えない。ジャケット制作スタッフに渡された編成表では、このジャケットの順番だったと思われる。アルバムを作る工程で、ジャケットの制作締め切りのほうが早く、校正刷りができあがって、印刷工場へ戻してからでもレコード本体の制作は間に合う。ジャケットの手配が済んでから、 プロデューサーのジョージ・アヴァキャンとマイルスが相談して、曲順を入れ換えたのではないか。アルバムのねらいとしては、この流れのほうがスムーズだ。だから、このレコードは、朝、早起きして、会社に出かける前に聴いたりしてはいけない。その日の最後に聴くレコードにとっておくほうがいい。
 このレコードの録音セッションを採った『メーキング・オブ・カインド・オブ・ブルー』という、レコーディング・セッションをそのまま収録したCDが話題になったが、聴きたいとも思わない。せっかくのアルバムのイメージが、レコーディング・スタジオや、モニタールームでの、どこか落ちつかない、雑然とした「仕事」のイメージになってしまうのがいやだからだ。また、そこで破棄された演奏を聴くのも、文豪が反故にした文章を、塵箱から拾い出して読むような後ろめたさが残る。完成されたアルバムを楽しむことで満足しましょう。

出典:エルプ・ファンクラブ 会報




【著者紹介】
山口克巳[ヤマグチ カツミ]

 1964年東京教育大学芸術学科卒。「アヴァンデザイン」「集合den」などのデザイン会社を創立し、単行本や、雑誌・週刊誌などの立ち上げAD。教科書、百科事典、国語辞典などの仕事のかたわら、「ドイツ・シャルプラッテン」のジャケットデザイン、「アメリカンミュージック」レーベルなどの制作にも携わる。桑沢デザイン研究所、日本エディタースクールの講師なども歴任。現在「BRC総合研究所」で、画期的なDTP自動化システムを完成。普及にも力を入れている。
米ニューオーリンズ市名誉市民。

【出版書籍】
アナログレコードのことが
もっと分かる本!

 アナログレコードの魅力が存分に書かれたこの本は、難しい理論よりもリスナー(アナログレコードのファン)という立場を重視している。「そうなんだ!」、「そうだったのか!」という感嘆とも言える箇所が随所に出てくる。私もアナログレコードのファンの一人であるが、著者である山口氏が述べている 「こんなにも、楽しいものを作ってくれて、ありがとう」という気持ちは一緒である。本書ではレコード製作から年代毎のレコードの移り変わりを「ジャズ」を中心にまとめられている。残念ながら私は「ジャズ」や「クラシック」の分野には疎いので、その分野が好きな人や興味のある人なら、さらに楽しく読むことができると思う。
 1940年代頃から「ジャズ」や「クラシック」がレコード音楽の中心的存在となり1950年代には「ロック」や「サーフサウンド」が加わった。1960年代になり「ビートルズサウンド」が全世界を興奮のるつぼに巻き込んだ。1970年代はビートルズの解散を受けて、様々な「ロック」が大きく花開いた時期である。私は1960年代の後半あたりから アナログレコードに触れ、ビートルズを始めとしたロックや国内のフォークやロック・歌謡曲を好んで聴くようになった。技術的にはSP盤と言われる78回転のものから、LP(33回転)・EP(45回転)が主流になり、録音技術も格段の進歩を遂げていく。当時のレコードを聴いても分かる通り、アナログレコードの音は 音質・臨場感など素晴しいものである。
 著者と私ではやや年代に差はあるものの、アナログレコードそのものに大きな違いは無い。製作工程や技術的な部分についても大差は無いと思う。そのような意味からすれば本書は私にとってのバイブル的な存在となっている。そして、読み返すたびに「こんなにも、楽しいものを作ってくれて、ありがとう」という気持ちになっている。



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2.何がオリジナル盤か
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16.ダイナグルーヴがやってきた。ロイヤルサウンドもやってきた。
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出典:エルプ・ファンクラブ 会報
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