【謝辞および掲載に関して】

 ここに掲載した矢野隆昭氏の「エルプ・レーザーターンテーブル讃歌」は、私がエルプ・ファンクラブの会長をしていた時にファンクラブ会報に寄稿して頂いたもので、世間には公表されていないものです。
 内容はアナログとデジタルの話ですが、立場上「エルプ・レーザーターンテーブル讃歌」という表現となっています。
 当時を振り返って、あらためて、矢野隆昭氏にお礼を言いたい。「ありがとうございました」。
 なお、掲載については長い間、躊躇して参りましたが、エルプ・ファンクラブが現存していないこと。また、矢野氏の貴重な財産である「エルプ・レーザーターンテーブル讃歌」がファンクラブの会報で埋もれてしまうことに危惧して、敢えてここに掲載させて頂きました。
 矢野氏には久しく お会いしていませんが、元気でおられることを心より願っています。また、いつの日か矢野氏のオーディオ感やアナログレコードについて、熱く語って頂けることを心より願っています。

出典:エルプ・ファンクラブ 会報




エルプ・レーザーターンテーブル讃歌
矢野 隆昭

 はじめてCDプレイヤーを購入し,CDを3枚ほど買って聴いたときのことは今でもよく覚えている。おそらく20数年前のことである。その時は,なんといい音なのだろう,と思った。スクラッチノイズもないし,LPの欠点の,内周になると音が悪くなることもない。頭出し等も自由自在だしハウリングも全く起きない。
 しかし今にして思えば何でそう思ったのかがよく分からない。ノイズのない音はいい音だ,と単純に思ったのだろうか。その後CDはもちろん,LDプレイヤーも買ってオペラをよく見たが,デジタル音には感動を覚えることが徐々になくなっていった。なにかざらざらしてとげとげしい印象をぬぐえないのである。たとえばバイオリンなどの弦の音は,本来艶と深みのある音だけど,デジタルだとその艶がなく,光った金属光沢を紙ヤスリで磨いてしまったような印象である。
 そんなとき,時としてアナログレコード(LP)を聴いたことがあるのだが,「あれ,これが本物の音じゃないか」と思ったりした。ただその頃はまだレーザーターンテーブルに出会う前であり,手入れの行き届かない針であったので,すぐに音がビリついたりしてやめてしまった。かといって再び針でLPを聞くのも面倒で,そのうち段々音楽自体を聴かなくなってしまった。
 元々針でレコードをこするというのが性に合わないというか,消耗品でないはずのレコードを,多少なりとも傷つけなければ音を取り出すことができないということに矛盾を感じていた。そのころ,レーザーターンテーブルというものが存在することを知った。いやそういうものがあることはもっと前から知ってはいたのだが,本当に実用になるの?という印象だった。
 是非試してみたいと思ったが,100万円ちかくするという。しかも零細メーカー(失礼)で,つぶれるかもしれない(さらに失礼)。が,ある時思い立って南浦和のELP社に試聴に行ってみた。その時の印象は,正直あまりよくなかった。ELP社のスピーカーがJBLで,持って行ったレコードがバッハだったからかもしれない。でも思い切って購入した。
 試聴に行ったときに深野さんが「レーザーターンテーブルにも欠点があります。それはほこりに弱いことです」と述べられた。それを聞いて,「この会社は信用してもいいな」と思ったのを今でも覚えている。

出典:エルプ・ファンクラブ 会報




 注文して2ヶ月ほど待たされたが,届いて自分の装置に繋ぎ,音を聴いてびっくりした。CDとは違うことは予想できたが,音が澄みきっていて,どんな音楽を聴いても素晴らしいのである。そもそも私はオーディオマニアではない。スピーカーやアンプもたいしたものではない。聴く音楽はクラシック,それもほとんどがバッハとモーツアルト,時々ベートーベンとハイドン・シューベルトというところである。そのどれを聴いても,本来の音がする。バッハの無伴奏チェロのシュタルケルが弾いているマーキュリーレベルのものなど,まるでそこで弾く生演奏を聴くような印象である。
 オーディオ評論家、故瀬川冬樹氏は「オーディオの究極の理想とは原音の再生だと固く信じ込んでいる人はもはやいまいと思われるが…。先年までそう思っていた趣味人が多数オーディオの世界にいた。(中略)
 しかしながらオーディオ装置を通じて音楽を楽しむということは詰まるところ現実の製品群やパーツを選び組み合わせて自分自身が思い描く、言い換えれば自分の好みに合った音の世界を創造する行為である。
 したがって客観的な原音等は所詮存在し得ない」と述べておられるそうだ。これは実はこの同じ号に掲載されている坂田さんの原稿から孫引きさせていただいた。これって世間の常識なのだろうか。私は,オーディオの目的は原音にちかい音の再生だと思っている。そもそも自分の好みの音とは何だろうか。たとえばバイオリンの音で,自分はハーモニカのような音が好きだから,そのようにバイオリンの音を変えよう,というようなことは意味をなすのだろうか。
 再生音とは原音があって初めて意味があると思うのだが,何か私は思い違いをしているのだろうか。アナログ時代は原音再生がオーディオの目的とみんな思っていて,CDの時代になって変わったのではないだろうか。アナログ時代には,よく録音再生音とライブ演奏の音をすり替えて,どこですり替わったか聴衆が当てるといった催しが行われていた。このごろそんな話を聞かないということはそんなばかばかしいことを誰も考えなくなったということだろうか。
 どうも私が考えるに,デジタル音とライブの音(原音)は誰が聞いても違いがそれとすぐ分かるので,そんな催し自体が意味をなさなくなったのではないかと疑う。

出典:エルプ・ファンクラブ 会報




 私の印象では,音をデジタル化することがそもそも無理なんじゃないかと思う。私の持っているCDプレイヤーはそんなにたいしたものではないから,CDの音に満足できないのではない。秋葉原のハイエンドオーディオの店へ行って,超高価な装置で聴いても,もとがCDである限り同じである。またSACDやDVDオーディオなどでも駄目である。本物の音と似てはいるが,偽物である。デジタル音には,音自体に感動するということが絶対にない。
 映像はデジタル化しても何も問題はなかった。最近のテレビ映像は,20年前に較ぶべくもなく美しい。またデジカメも素晴らしい。なのに音だけが30年前の音に較べて汚くなっているのはおかしいでしょう。思うに,人間の目というのはそもそもデジタルなのだ。視細胞は網膜に有限個しか存在しない。このままを見たのでは初期のデジカメのような,ざらついた映像なのだが,それを脳で補正してきれいな映像にしているのだそうだ。
 それに対して音はそもそもアナログで,蝸牛が振動して脳に伝えるわけで,どこにもデジタル的なものは介在しない。(全くの素人なので,間違っているかもしれません)
 このファンクラブの会報に掲載されるものやその他を読んでも,どうも今更デジタルよりアナログがいいなどといっても仕方がないという論調がほとんどだ。どちらもいいものはいいと。しかし,同じ演奏でCDとLPを較べて同程度のものがあることは認めるが,CDの方が圧倒的にいいというものがあるのだろうか。私にはそんなものがあるとは思えない。坂田さんの原稿で,デジタル音はだんだんアナログに近づいてきている・・とあったが,それってアナログの方がいいよ・・ということではないのですか。

出典:エルプ・ファンクラブ 会報




 技術の進歩で,LPの音に遜色ないCDがそのうちできるのだろうか。どうもダメな予感がするけれど。アメリカではCDを聴くのを止めてLPを聴く人が増えているそうだ。私の行く中古レコードショップの主人は,日本でもそういう人はどんどん増えているという。いまさら音楽を全部アナログに戻すことができないことは分かっているが,やはり一言いいたいのである。

 これを書いている今も,我が家ではモーツァルトのフルート協奏曲が響いている。いい音で,しかもレコードと針を傷つけることなく。私はエルプのレーザーターンテーブルに満足している。それで毎日LPを聴いている。それは音が原音に近いと思うからであって,CDも聴くが,せっかくLPもあるから聴くというわけではない。またよく「LP独特の柔らかい音」という表現を耳にするが,これも気に入らない。
 CDの音が標準で,LPは特殊なものという風に聞こえてしまう。あくまでも原音という標準があって,それに近いのがいい音であると思うだけである。カートリッジが取り替えられないとかデザインが野暮ったいとかいう人がいるが,私はそんなことはどうでもいい。音だけが問題で,他はどうでもいい。またエルプのレーザーターンテーブルがあるかぎり,LPで十分だ。ただ一つ残念なのは,LPでは新譜というものが出ないことである。どこかで新録音のLPをだしてくれないかと切望する次第である。

 エルプはすばらしい。がんばってください。心より応援しています。

※1)この寄稿文は2007年12月に書かれたものです。
※2)レーザーターンテーブルの評価は、まずは自分の耳で確認願います。
※3)現在、エルプとは一切関係ありません。
また、レーザーターンテーブルも使用していません。
※4)私の感想ですが、安物のレコードプレーヤーでも針式の音の方が聴きやすいです。

出典:エルプ・ファンクラブ 会報
出典:エルプ・ファンクラブ 会報
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